

こんにちは
だまブログ管理人のだまです。
不妊治療をやめた直後の私には、なんとも言えない空白があった。
「やれることは全部やった」と頭では分かっていたはずなのに、
心のどこかで「本当にこれでよかったのかな」と、自分に問い続けている感覚。
これから何を目指して生きていけばいいのか、分からなかった。
そんな私を、少しずつ前に向かわせてくれた“救い”が、いくつかある。
今回は、そのひとつ——「働くこと」について書いてみようと思う。
この記事は、このような方におすすめです
- 不妊治療を終えたあと、心にぽっかり穴が空いたままの方
- 頑張りすぎてしまう性格で、職場で消耗しがちな人
- 自分に優しくできなくなっている、すべての女性へ
A社での仕事:がむしゃらだったけど、空回りしていた私


「認められたい」気持ちが先行していた
不妊治療を終えて最初に入ったのが、A社。
「私、まだ必要とされるよね?」「社会にちゃんと貢献できるよね?」
そんな気持ちを確認したくて、とにかく頑張った。
認められたくて、役に立ちたくて、成果を出したくて。
でも正直、自信なんて全然なかった。やればやるほど自信がなくなっていった。
焦る気持ちだけが空回りして、
自分の声がどんどん小さくなっていった。
あがり症の悪化と、上司とのすれ違い
もともと緊張しやすい性格だったけど、A社ではさらにひどくなった。
会議で声が震え、頭が真っ白になり、
「また失敗したらどうしよう」と毎日びくびくしていた。
上司との行き違いも増えた。
自分の気持ちをうまく伝えられないまま、誤解が重なっていく。
何より、周囲の人や自分自身のことを信じられなくなっていた。
退職し、あがり症克服サロンへ入会


A社での仕事を辞めるとき、私のあがり症は以前よりも深刻になっていた。
自分でも驚くほど、汗が止まらない。頭が真っ白になる。人と話すのが怖い。
「このままじゃ次の職場でもまた同じことを繰り返してしまうかもしれない」
そう思った私は、思いきって公認心理師・佐藤たけはる先生が主催する
「あがり症克服オンラインサロン」に入会することにした。
そこには、私と同じように、
仕事や人間関係、過去のトラウマなど、さまざまな原因から
あがり症に悩んでいる人たちが集まっていた。
驚いたのは、みんなが“弱い自分”をそのまま出していたこと。
弱さを隠さずに話せる場所なんて、これまで無かったから衝撃だった。
「弱さをさらすことって、深いつながりの入り口になるんだ」
そんな感覚を初めて味わった。
たぶん、「克服するために何かを“がんばる”」のをやめて、
安心して弱さを出せる居場所ができたことが、回復の第一歩だったんだと思う。
B社での仕事:頑張りすぎる私にブレーキをかけてくれる人がいた


頑張り方は同じ、でも“周囲”が違った
面接で「あがり症」であることを伝えた上で、B社に入社した。
B社でも、やっぱり私は「また認められたい」気持ちを引きずっていた。
だけど、B社にはちょっと違う状況があった。
B社には、私があがり症で頑張りすぎる人であることを、ちゃんと理解してくれる直属の上司がいた。
その上司は、元大病院の事務長で、定年後にB社の社長に引っ張られて入社していた。
私が焦って、トイレに行くのも忘れるように仕事をしていると
「そんなに無理しないで」
「焦らなくていいよ」
「もっと頼っていいよ」って、
何度も声をかけてくれた。
その言葉に、どれだけ救われたか。
頑張ってもどうにもならない現実に向き合う
大きな契約を任されて、一生懸命動いた。
時間も体力も気力も削って、全力で取り組んだ。
でも、思いがけない人的トラブルが重なって、何度もすべてがひっくり返った。
そのたびに、心が折れそうになった。
でも、その経験からあることに気づいた。
「私ひとりがどんなに頑張っても、どうにもならないことってある」
頼りない同僚ばかりで、私はひとりで全てをコントロールしようと、がむしゃらになっていた。
でも私ひとりのチカラでは、どうにもならなかった。
ひとりでがんばるだけじゃダメだった。
握りしめていた手のひらを、爪が食い込むほど強く握っていた手を、
そっと開いてみたら、
ふっと肩の力が抜けた。
そしたら、同僚に頼れるようになった。
嫌なやつの仕事を断れるようになった。
「いい人」をやめることができた。
「嫌われないように」じゃなく「自分を守るために」働く


顔色をうかがって働くのは、もうやめた
B社の社長に嫌われたくなくて、怒られたくなくて、
高圧的な人の前だと、ビクビク働くモードに入ってしまうのが私の癖だった。
でもあるとき、ふっと思った。
「私を雑に扱う人と、なんで一緒に働かないといけないんだっけ?」
その瞬間、何かがスッとほどけた気がした。
理不尽な叱責に、私は私のために立ち上がった|社長との対立とその結末


ある日、社長が突然、同僚たちの前で私の仕事のやり方を責めてきた。
その指摘は、どう考えても理不尽なものだった。
事実と違うし、私の努力や報告をまったく見ていない内容だった。
私は、ちゃんとやっていた。
任されたことを責任を持って進めていたし、
報告・連絡・相談もきちんとしていた。
上司も、「彼女はちゃんと仕事してましたよ」と私をかばってくれた。
それでも社長は、私を責めるのをやめなかった。
私は、社長に自分の気持ちを伝える決意をした。
「私は自分の仕事をしていました」
「報告もしていました」
「それを聞こうとしなかったのは、社長じゃないですか」と。
怖かった。相手はクソがつく超ワンマン社長。
みんなの前で社長の意見に物申すと、どうなるか知っていた。
でも、あの瞬間、私は“誰かのため”じゃなく、“私のため”に意見した。
歯向かった、と言われるかもしれない。
けれど、自分の尊厳を守るために必要なアクションだった。
その結果、私は社長のパワハラにより、
ほぼクビという形で会社を離れることになった。
けれど、今振り返っても、あのとき自分を守るために声を上げたことに後悔はない。
むしろ、あの一歩が、私の自己肯定感を取り戻す大きなきっかけだったと思っている。
それに、社長に意見している間、あがり症の症状がほとんど出なかったことも、追記しておきたい。
まとめ:仕事は、私の“再スタートの土台”になってくれた
不妊治療を終えて、心が空っぽになった私にとって、「働くこと」はただの生活手段じゃなかった。
A社で失敗して、B社で出会った人に支えられて、
私は少しずつ“私自身”を取り戻していった。
仕事は、生きるために必要だけど、
「自分をすり減らしてまで続けるものではない」と、職場での経験が教えてくれた。
誰かに評価されてるためじゃなく、
ちゃんと自分を守りながら働ける場所を、これからは選んでいきたい。
もちろん、仕事だけが救いだったわけじゃない。
このブログでは、他にも私を立ち直らせてくれた存在たちのことを少しずつ綴っていこうと思う。
まずは、
人生を立て直させてくれた「仕事」に、
出会ってくれた職場のみんなに、感謝を込めて。
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