祖母が亡くなり知った、本当の無条件の愛とは

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祖母の話

先日、祖母が亡くなった。数えで100歳、大往生だった。

祖母は家父長制を重んじる人で、父と弟を特別扱いし、母を女中のように扱っていた。
私はそんな祖母のことが、私は子供の頃から大嫌いだった。

祖母の死と葬儀

祖母が亡くなった時、弟は長男だからと病院に早く呼ばれ、私は少し落ち着いてから呼ばれた。
葬儀では、棺の前を歩く役目の人が4人必要だった。
母が選んだのは、父、母、弟、姉。

私は棺の後ろで荷物持ちだった。

母と私は、誰よりも祖母の面倒を見てきた。
でも、早く結婚して遠方に住む姉や、家業を継いで忙しい弟は、ほとんど介護には関わっていなかった。

祖母の介護が本格化したとき、私も逃げるように家を出た。
そのとき、母に「置いていくだね」と言われた。

今でも、あの決断に後悔はない。

祖母と私の関係

私は、この家に生まれたことで、健全な自己肯定感を育むことができなかった。

葬儀の間も、「私は子供の中で一番存在価値がない」と考えてしまい、苦しかった。

「私は無条件に愛されることはない」という思い込みは、大人になった今でも根深く私を苦しめていた。

曽祖母も祖母も一人娘で、婿を取って無理やり家をつないできた。
祖父が早くに亡くなり、父は若くして家業を継ぎ、苦労しながら会社を続けてきた。

子供の頃、一度だけ祖母に強く反抗したことがある。
弟ばかりを特別扱いすることに耐えられなくなったのだ。
その後、祖母は仏壇に向かって泣きながらお経を読んでいた。

祖母も、苦しかったのかもしれない。

今になって思う。

私だけでなく、父も母も、弟も姉も、それぞれ家に縛られて苦しかったのかもしれない。

祖母が遺したもの

祖母が「棺に入れてほしい」と母に託していた箱を開けた。

中には、御朱印帳やお遍路の装束、入れ歯、たくさんの写真が入っていた。

そして、その中に、手紙が2通だけ入っていた。
どちらも私が海外から送ったものだった。
1通は、中身すらなく封筒だけだった。

100年も生きて、きっとたくさんの人から手紙をもらったはず。
でも、祖母が選んだのは、私からの手紙だった。

涙が止まらなかった。

思えば、私が海外に行くたび、祖母はどれだけ朝早くても起きて、お茶を入れてくれ、見送ってくれた。
「無事に帰ってくるんだよ」と、いつも祈ってくれていた。

遠くにいる私のために、お守りを送ってくれたこともあった。

そして祖母は、どんな小さなことでもいつも私を褒めてくれた。
洗濯物をたたんでいると、
「だまちゃんは本当に洗濯物をたたむのが上手だね。クリーニング屋さんになれるね」と、そんな調子で私がいくつになっても褒めてくれた。

そんなことを思い出した。

本当の無条件の愛とは

祖母が亡くなり、祖母との思い出をたくさん思い出した。

そして思った。

男であることで「条件付き」で愛されていたのは弟の方だったのではないか。

私の方が女であることで「無条件」に愛されていたのではないか。

そして、私に向けられた愛こそが、何の見返りも求めない、無償の愛だったのではないか。

祖母の手紙が物語っていたのは、そんな愛だったのかもしれない。

そう思った。

ばーちゃんへ

通夜の夜、姉弟で話した。近所でも有名なほど元気で賑やかだった祖母。

「ばーちゃん、めっちゃ強力な守護霊になって、家族を守ってくれそうだよね」

でも、もう家族のことは心配しなくていい

先に逝ったおばさんと、一緒に世界旅行でも行ってきて

今は、そう言ってあげたい

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